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★歴史講座シリーズ『鶴見線の旅』★(2010・5・29)

[ テーマ: 地域包括支援センター ]

1005鶴見線1

 事業名 大人気歴史講座シリーズ『鶴見線の旅』
 講師   林 正己氏(鶴見歴史の会)  松原 成典氏(JR東日本鶴見駅長)
 参加者  43名

 今回の歴史講座シリーズは『鶴見線の旅』。鶴見区民でも意外と乗らない鶴見線ですが、その歴史はまさに日本復興の歴史でもあります。今回は2名の講師の方をお呼びして、私達の町の歴史を見てみることにしました。

 鶴見駅長の松原氏から、現在行われている東口の再開発の行方などをお聞きし、林氏からDVDなどを用いて、鶴見線を学びました。では簡単に当日林氏が作られたリーフレットから抜粋で鶴見線を見てみましょう。

鶴見線物語(林氏著・当日リーフレットより抜粋)

 鶴見線の前身は「鶴見臨港鉄道」で初代社長は浅野総一郎氏
 総延長は9.7Kmという短いローカル線で、浅野総一郎氏は鶴見、川崎の海外線 
 を大正2年から昭和3年までに約150万坪を埋め立てて、京浜工業地帯の基礎を
 確立した。
 輸送手段として、大正13年に会社を設立し、15年に開通したときは貨物輸送のみ
 工業地帯の発展とともに、路線を広げ、現在の鶴見駅に乗り入れたのは昭和9年
 昭和18年に輸送力確保を理由に国鉄に買収され「鶴見線」となる
 戦後は復興と共に、朝夕は満員すし詰めで工場で働く人を乗せていました。
 やがて、産業構造の変革とともに、公害などの問題で工場が地方などへ移転し、
 乗客も貨物も半減していきました。
 鶴見線の歴史はそのまま日本の戦争と産業改革の歴史であり、そこに住む人々の
 歴史でもあります。 


 鶴見線を支えた、「タンコロ」の愛称で親しまれた、クモハ12系にちなんでチョコレート色にしてみました。「あー、この色の電車みたことある」という人も多いのでは内でしょうか?

 さて、6月5日は今回の講師である、林氏も一緒に鶴見歴史の会さんと共催で、実際に鶴見線に乗って、浅野総一郎の銅像に会いに行く旅をします。またブログで報告しますので、ご期待下さい。
 (6/5の事業は満員御礼となり、募集は終了しています。6/26に再度同じ内容で実際に鶴見線に乗る事業を企画していますので、ご興味のある方はケアプラザにお問い合わせください)

1005鶴見線21005鶴見線3


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